月夜見 “甘いお返し”
         〜大川の向こう

 
ちょっぴり霞のかかったような淡い色合いの青空の下、
小粋なしつらえの中庭には、
丁寧に手入れされた芝草や茂みが整えられてあり。
そろそろ春が間近いよと告げているものか、
冬の間を楽しませてくれたサザンカの生け垣の足元で、
ジンチョウゲが濃いめの赤紫色した蕾を見せ始めており。
そんな風景を濡れ縁の向こうへ眺めつつ、
あちこちで卒業式の話も聞かれますね、
そうさな…などと、
しっとり落ち着いた会話を交わしておいでだった、
大人二人の佇む居間へ、

 「こ〜んにちわ〜♪」

それはお元気な声が伸びやかに飛び込んで来る。
おやおや可愛いお客が来たようだと、
聞き慣れたお声へ双方ともににっこり頬笑み、

 「ルフィかい? こっちへ、庭へお回り。」

実年齢は初老だろうに、まだまだ充分“壮年”で通る、
そりゃあ矍鑠とした主人が張りのあるお声で応じれば、

 「おお!」

お元気なお声が素早く応じ、たかたか小さな足音が回り込んで来る。
鼻歌交じりのその気配、
ニシキギの生け垣越しに伝えて来るのが、
待っているこちらにも何とも楽しいお客人は、
そちらも風流な竹の枝折戸から元気よく登場し、

 「こんちわ、レイリーのおっちゃん、シャッキー!」

満面の笑みを浮かべ、たったか駆け込む様子も屈託のない、
この中州の里では知らぬ者のないガキ大将。
回船輸送を請け負う“赤髪運輸”の社長のところの末っ子で、
何とも無邪気な明るさが、大人にも子供らにも人気のわんぱく坊主。
こちらもこの里では結構な“顔”で、
大人は皆して一目置くような人物の、
指物師の名人のレイリー老と、世話役で同居人のシャッキー嬢も、
この小さな坊やがお気に入り。

 「よく来たな、まあ上がりなさい。」
 「いらっしゃい、ルフィ。」

お茶か、いやいやジュースかなと台所へ立ち上がりかかった、
ちょっぴり婀娜なお姉さんだったのへ、

 「シャッキーへ、お返しだぞvv」

うんしょとお膝からよじ登った濡れ縁から、
待って待ってと呼び止めるよに坊やからのお声がかかる。
え?と膝立ちという格好で、坊やのほうを見やり返せば、
そちらも動き惜しみをしない性なのだろう、
レイリー老が立って行っての手を貸して
靴を脱がせていた坊やがにっぱり笑い、

 「マキノが焼いたパンドケーキだっ。」

かっちりとした小ぶりの紙袋、
“ほらっ”と振り上げるだろうことまで予想済みか。
他の人には
生クリームでデコレートしたカップケーキもあったらしいのだが、
こちら様へはほのかにお酒を染ませた
ビスタチオやドライフルーツ入りの
“パウンドケーキ”の5個セットを持たせたらしい
マキノさんだったようで。

 「あら嬉しいわvv」

じゃあルフィちゃんにはこっちから御馳走するわねと、
お花のようにほっこり微笑ったお姉様。
居間からきびきび出て行って、
手慣れたことだからか、ただ折り返して来たかのような手早さで、
使い込まれた胡桃色の盆に、
茶器とオレンジジュースを乗せて戻って来。
いただいたばかりなのと、
封のシールをぺりりと剥がしてクッキーの缶を開けて下さった。

 「あ、俺、このジャムついてるの一等好きだvv」

卓袱台に置かれた丸ぁるい缶へ、わぁいと手を出しかけて、だが。

 「  っと、いけね。」

その同じお手々を“ばんざーいっ”と上へ引き戻すと、
お胸の前でパチンと合わせ、

 「いただきますvv」

きちんとご挨拶をするあたり。

 “これもマキノさん?
  いやいや、案外 あのいが栗頭の坊やのお仕込みかも?”

どっちにしたって可愛いと、うふふと微笑ったシャッキーさんへ、
こちらも満面の笑みを返した坊や。
これとこれ もーらいっと、
小さなお手々にジャムつきとチョコつきのをキープして、

 「あんなあんな、
  今まではシャンクスばっかだったのが、
  今年は俺もばれんたいんにチョコ貰ったからサ。
  マキノが凄んげぇ頑張ってた。」

訊いてもないのにそんな裏話をご報告。
その部分がすっぽりすっぽ抜けていたが、
そうかやっぱり先月の“聖バレンタインデー”のお返しかと。
察してはいたけれど…な大人二人が苦笑をこぼし、

 「そっか、じゃああの噂は本当だったのね。」

つややかな黒髪をボブにそろえたお姉さんが、
意味深な言い方をして なお笑ったので、

 「あの噂?」

これへは白髪の御主がつい聞き返していたけれど。
応じたのは何と小さな坊やであり。

 「うん。シャンクスへのチョコには、
  マキノさんが焼くお返しのケーキが食べたいからってゆー
  “びりちょこ”が多いんだって。」

 …………………恐らく義理チョコの間違いだろうなと。

そこはあっさりと気がついたが、
懐ろの深い大おとなのお二人、揚げ足取りはしないまま、

 「ほほお、そんなに美味しいのか。」
 「だったら早速いただかなくちゃねぇ。」

言い間違いも可愛かったが、
それをも上回るよな 一丁前な物言いをした坊やだったため。
二重の可笑しいをいただいてしまったと、
ほこほこ笑っておいでのお二人で。
こういうのは おませのうちなのかしら、
いやいや素直に子供らしい見方をしておるだけさねと、
坊やの頭越しにこっそりと、目顔でやりとりしておれば、

 「そんでな、俺、レイリーのおっちゃんに訊こうと思ってサ。」
 「んん? 何をだね?」

ジュースのお代わりをそそいでもらい、
うわぁと嬉しそうに微笑うお顔も、こちらには御馳走。
そんな愛らしい坊やが“あのね?”と訊いてきたのが、

 「あんな? ゾロが貰ったチョコ、ほとんど俺が食ったんだ。」
 「おや。」
 「そーゆーばぁい、やっぱ俺がお返ししないと悪いのかなぁ?」

  マキノは“さあどうしましょうか”って言って笑うんだ。
  でもな、ゾロてば
  そもそも“義理にお返しもないだろ”ってゆって、
  いつだってお返しはしねぇんだよな。
  そんなしてたら
  本気のチョコ貰ったときに区別がつかねぇじゃんかって
  そーゆー意味じゃねぇかってシャンクスは言うんだけども。

 「なあなあ、レイリーのおっちゃんはどう思う?」

お口の回りやふわふかな頬へ、クッキーのかけらをくっつけて、
一丁前に“どう思う?”もなかろうに。
何をさせても語らせても、稚(いとけな)くって可愛い坊や。
あごの髭をなでながら、そうさなぁと考えるふりをしつつ、
その実、何てまあ微笑ましい坊やたちだろかと、
そちらへの苦笑が止まらない壮年殿であり。

 “とりあえず……。”

坊やの父上には、
余計なことを吹き込みなさんなと、
どこかでクギを刺さねばな…なんて。
一部地域へ思わぬ雷雨の恐れありなこと、
お決めになられた老師であったようでございます。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  12.03.16.


  *ちぃと遅れましたが、ホワイトデーのネタをお一つ。
   クッキー缶って
   どんなご家庭でも不思議とリサイクル率が結構高くないですか?
   丈夫だし綺麗だしということで、
   領収書入れとか保険証入れとか、
   貴重品を入れとく容器にされがちで、
   ウチでは何故か、一番立派なおかきの缶へ
   私と妹の母子手帳と
   何枚もの通知表とをしまわれておりました。(貴重…?)
   ウチはともかく、どこのお家でも同じ貴重品入れだったなんて、
   まんま“持ってけ泥棒”って行為なのかも……?

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